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ことばと環境

(諸言語の)地域的な結びつきがなくなれば、人間という種全体とこの地球との結びつきも薄れ、資源を枯渇させずに使っていく能力も、この惑星を大切にするための判断力も失われていく。無人の砂漠から太平洋の珊瑚の海、アンデスの氷河からヒマラヤ山脈のふもとまで、私たちが生半可な理解のまま生態系に大きな負担をかけてしまった地域がいくつも存在する。危機に瀕した言語こそ、こうした生態系およびその一員である人類の立場をより深く理解するための鍵なのである。(ハリソン 2013:16)

一般に、ことばの機能としてまっさきに思い浮かべられるのは、伝達(コミュニケーション)機能かもしれません。しかし、ことばにはそれ以前にその根源的機能として、人々をとりまく環境を切り分け、秩序化する「認識機能」があります。宮岡(1996、2002、2015)は、人間にとっての環境を、自然環境、社会環境、超自然界の3つからなる集団主体的な「環境世界」と位置づけています。すなわち人間集団は、「動物の一種として組みこまれた自然環境にくわえて、みずからその一部を構成している社会環境、さらには、みずから構築してきた超自然界(幽界・霊界・神話的世界)がしばしば渾然一体となった〈環境〉に身をおいている」(宮岡2002:23)というのです。宮岡によれば、人間は、言語によって混とんとした連続的世界(カオス)を秩序化された非連続的世界(コスモス)に変えます。さらに、言語を用いて文化をうみ出し、それをクッションとして環境と対峙するという戦略をとっているのです。宮岡(2002)は、言語と環境の深いかかわりについて以下のように述べています。

…人間は「環境」の認識にふかくかかわっているその言語によって他者との伝え合いをはかりつつ、その認識のありように直結した「環境」への適応戦略をとっていくものだとすれば、言語は文化の中核をなすと言うよりも、「言語こそ文化である」と言わなければならない。「文化」をこのように理解するならば、その集団が生きている環境とは、たんに「文化生態系」というよりも、言語がグローバルに浸透した生態系-いわば「言語生態系」-をなすとさえ言えるかもしれない。(宮岡2002:26)

下図は、宮岡の「言語生態系」の考え方を示しています。図中の言語1~3は、それぞれことばの認識機能、伝達機能、直接機能を表しています。言語1は、生態系のすべてを下支えしている認識機能で、これは森羅万象を切り分け、範疇化(カテゴライズ)する言語のもっとも根源的な機能です。人間は言語を用いて客観的世界を「選択的にみずからの環境にとりこみ、集団独自の認識のしかたにしたがい、細かく階層的・多重的に整理・分類」し、さらに「〈命名〉をほどこし、カタチとしての〈語〉などとして慣習的に固定化」するのです(宮岡2015:26)。言語2は、一般的にもっとも理解されている言語の働きである伝達機能です。この機能により、同じ社会に生きる人々との伝え合いを通じて連携をとりつつ、環境への適応をはかります。最後に、言語3は直接機能です。これは、言語を「話すこと」ないし「使うこと」自体に働く機能です。たとえば、移民同士、家族、恋人同士、仲間うちなどで、特定のことばを共有・使用することによってアイデンティティを確かめあったり、強めたりするような働きです。また、ほかにも、場を和ませるためのあいさつ、儀礼における決まり文句、アジ演説、流行語の使用なども考えられます。

「言語生態系」の図
宮岡(2015)による「言語生態系」の図

では、私たちは、言語の認識機能によって範疇化された環境を、主に言語のどの部分にみることができるのでしょうか。アメリカ構造言語学を牽引したエドワード・サピアは、話者の自然環境、社会環境をもっとも明らかに映し出すのはその言語の語彙であるとし、語彙は人々の考え方や関心事を貯蔵する知の宝庫であると述べています(Sapir 1912)。そうであるからこそ、私たちは母語の語彙のなかに、文化や環境の異なる場所の言語には翻訳できない語をいくつも見つけることができるのです。

Conklin(1955)は、フィリピン・ミンドロ島に住むハヌノオ族の言語の民俗分類研究により、その語彙が1625種類もの植物を識別することを明らかにしました。また、彼らはくらしの中で、150もの部位名称で植物を分類し、食用、薬用、道具の素材用と、さまざまに利用しているのだそうです。ハヌノオ語は、まさに植物に関する知の宝庫といえるでしょう。もうひとつ例をあげましょう。Harrison(2007)によると、南シベリアの危機言語トファ語では、人々が生活の多くを依存するトナカイに関する語彙が細かく分類されています。たとえば、「5歳の去勢した雄の乗ることができるトナカイ(5-year-old male castrated rideable reindeer)」という高密度の情報をcharyというひとつの単語が担っています。このような語彙は、彼らが日常の仕事をこなすうえで、即座かつ正確にトナカイの年齢、性別、乗れるか否か、繁殖力、熟練性などを判断するための貴重な知恵となるのです。

言語は、母語集団をとりまく環境のなかで、集団のくらしとともに育まれ、醸成されます。この観点からすれば、ある言語とそれが本来置かれるべき環境との関係が何らかの原因で崩れたり絶たれたりしたとき、その言語は衰退の途をたどりはじめ、最悪の場合には死滅することになります。その原因は、他集団による侵略、母語話者集団の移住、伝統社会の近代化・欧米化、気候変動などによる環境変化などさまざまです。

CC-BY-NC
ツバル言語文化辞典
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