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ツバル人移民

いまから3300年ほど前にはじまったアジアから南太平洋島嶼部への人々の移住。優れた海洋航海技術をもつポリネシア人は長い年月にわたり大海原を移動し、拡散しながら島々に住むようになりました。そして1200年ほど前、彼らが最後にたどり着いたのがアオテアロア=ニュージーランド(以下、NZ)です。その後もポリネシア人のNZへの移動は繰り返され、とりわけ第二次世界大戦後、島嶼国の人々の生活がしだいに近代化されていくなかで、短期、長期の労働移民が増加していきます。さらに、NZ政府が2002年よりPAC(Pacific Access Category:太平洋諸島特別永住権取得枠)を設置して以来、ツバルからNZへの移民の数は一層増え続けており、それにともない移民二世の人口も増加しています。このように、ツバル人にとって海外移住はとても一般的なことです。国内よりも雇用機会に恵まれた外国に家族の一員が出稼ぎに行き、そこからツバルに残留する家族に仕送りをするという家庭も少なくありません。

島嶼国の暮らしは、海に囲まれた小さな島という性格上、つねに厳しい自然環境と向きあい、資源、医療、教育、雇用機会の不足や欠如といった問題をかかえています。ニュージーランドに住むツバル人に移住の理由をたずねると、みな口をそろえて、ツバルでの上記の不足・欠如を挙げ、「よりよい生活を求めて来た」と答えます。以前、筆者の質問に対して「第一に子どもの教育のためだ」と答えたある男性が、「学校教育だけじゃない。たとえば、ツバルには動物といえば犬、猫、豚、鳥くらいしかいない。子どもたちはキリンや象を図鑑でしか見たことがないんだ。でもここならいろんな動物を見ることができる」と続けたのはとても印象的でした。このように、一家の収入や子どもの教育のことなどを考えると、国外移住はツバル人が生きていくうえで大変重要な選択肢であるわけです。

しかし一方で、言語や文化の視点からみると、国外移住が抱える問題点もみえてきます。2013年のNZ政府のセンサスでは、NZでツバル語を話すツバル人の割合は、すべての世代で減少傾向にあり、とりわけNZ生まれの子どもたちをふくむ若年層の減少率は著しいと報告しています(NZ政府2013)。また、Simati(2009)は、PAC制度でNZに移住した家族の成員とツバルに残る家族の両方に対して聞き取り調査をおこない、PACから得る経済的、社会文化的な利益と不利益をまとめています。利益としては、教育機会と雇用機会の増加、仕送りによるコミュニティの発展、将来の環境的安全性などがあげられる一方で、不利益としては、就職先を見つけるまでの苦労とそれにともなう一時的な収入減という経済的問題、ツバルに残る人々の家族やコミュニティの成員が欠けているという感覚、移住したものにとってのホームシックや孤独感、自尊感情の喪失などがあげられています。くわえて、ツバルの伝統文化や生活様式の喪失について言及しています。たとえば、伝統舞踊のfateleを伝統的な意味をもたせる形で踊るには一定のコミュニティの成員が必要ですが、これがかなわないため、伝統舞踊の真意が失われていく感覚があると述べています。また、プラカ芋を植える技術など、本来次世代に継承すべき生活の知恵を伝える環境がNZにはないため、文化の継承がなされないという問題があるといいます。

ツバル人のアイデンティティの拠りどころとしてのキリスト教の教会活動は、かの地でも盛んに実施されています。毎週日曜日、コミュニティ成員が一堂に会する礼拝は、マイノリティとしての彼らの結束にとって大変重要なものです。移住先では母語を使う機会は限られますが、NZにおいても教会活動の一切はツバル語を用いて執り行われます。その意味では、教会活動は言語文化を保持する役割も担っているといえます。

子どもたちの言語文化問題に関して、危機感をもっている大人たちは少なくありません。日曜学校を活用したり、平日の夕方に母語レッスンを開講したりして、子どもたちが母語に触れる機会をできるかぎり提供しようと努めているコミュニティもあります。そしてもうひとつ、NZのオークランドでは、年に一度の言語・文化の祭典として、Tuvalu Language Week(言語週間)が開催されます。毎年、独立記念日(10月1日)をふくむ週に行われ、大変な盛り上がりをみせるお祭りです。期間中にオークランドを訪れれば、ツバル人移民たちの言語と文化に触れると同時に、彼らのあふれんばかりのエネルギーを感じることができるはずです。


雨水を溜めるタンク
NZの小さな教会に集うナヌメア島出身者たち

雨水を溜めるタンク
ツバル語レッスンを受けるNZの子どもたち
CC-BY-NC
ツバル言語文化辞典
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