ツバル語は、およそ30~40言語あるオーストロネシア語族ポリネシア諸語のうちのひとつです。ポリネシア諸語はトンガ諸語と中核ポリネシア諸語の2つに大別されます。トンガ諸語はトンガ語とニウエ語の2言語を有するのみですが、中核ポリネシア諸語はさらに域外サモア諸語と東部ポリネシア諸語とに分かれます。ツバル語は前者の傘下のエリス諸語に属する言語です(Pawley 1966,1967、Besnier 2000)。
ツバル人の多くは、文化的にも人種的にもサモア人やトンガ人と類似したポリネシア系の人々で、ポリネシア諸語のひとつであるツバル語を話します。しかし、離島ヌイ環礁には、キリバスにルーツをもつミクロネシア系の人々が住んでいて、彼らの母語はキリバス語(キリバスで話されている言語とはかなり異なる方言)です。
歴史的にみると、ツバル語はキリバス語、サモア語、英語の3言語にもっとも影響を受けています(Besnier 2000)。キリバス語からの影響は、イギリス保護領時代に受けたもので、サモア語からの影響は、エリス諸島時代に教会の管理をしていたサモア人宣教師によるものです。1977年にツバル語の新約聖書が発行されるまでは、ツバル人はサモア語の聖書を用いて教会活動をしていたのです。英語は、キリバス語、サモア語よりあとにツバル語に影響を与え、現在もその影響は広がっています。また、この3言語にくわえて、近年ではフィジーへの留学生の増加にともない、フィジー語からの影響も受けています(Jackson 2010)。
ツバル語は、大きく北部と南部の2つの方言にわけることができます。前者はナヌメア、ナヌマンガ、ニウタオのことば、後者はフナフチ、バイツプ、ヌクフェタウ、ヌクラエラエのことばです。北部3島に関しては、とくにナヌメアとナヌマンガのことばに類似性がみられます。いわゆる「標準語」としてのヘゲモニーをもつのは南部のことばで、とりわけ首都フナフチと公立セカンダリースクールがあるバイツプのことばです。ツバル全土で視聴できるラジオ局Radio Tuvaluでも、テレビ局Tuvalu TV(2019年放送開始)でも、アナウンサーは「標準語」を話します。
現在、ツバル語の話者人口は約1万人。ツバル人の人口は増加傾向にありますから、消滅の危機に瀕してはいないという意見もあります。たしかに、1万人ほどの話者人口を有する言語が、ここ数年のうちに完全に消滅するということは考えにくいことかもしれません。しかし、一方で、1万人の言語はきわめて脆弱ともいえます。ツバルの公教育では、大変熱心に英語教育を実施しています。その反面、母語(国語)教育に力を入れているとはいえません(橘2020)。急速にすすむグローバル化、都市化、欧米化によって、近い将来にツバルが英語社会に転換する日が来るかもしれません。また、このさき国の海外移住政策が大きく変わり、よりよい仕事、教育、医療を得るために、母語より英語を選択し、みずから島を出る人が増えたとしても不思議はありません。あるいは、自然災害の影響により、英語社会への移住を余儀なくされる可能性もあるでしょう。そう考えると、ツバル語のような島嶼国言語の衰退、そして消滅は、そう遠くない未来に起こる可能性もあるのです。その点で、ツバルが今日抱える環境問題や海外移民問題は、じつはツバル語の興亡にも影響を及ぼしうる大きな問題ともいえます。
ツバル語のアルファベットは5つの母音(a, e, i, o, u)と11個の子音(f, g, h, k, l, m, n, p, s, t, v)からなっています。ツバル語は表音式の綴り法(文字をみれば音がわかる綴り法)を用いていますし、日本語と同じ開音節言語(音節が母音で終わる言語)ですので、発音の点からすると、日本語母語話者には比較的習得しやすい言語といえるでしょう。そのうえで、ツバル語の文字と音について、いくつかの特徴を以下にあげておきます。
子音のg音は、鼻音の[n]が前について[ng]のような音になります。この音は、かつては「ng」と表記されていましたが、いまはサモア語、トケラウ語、フィジー語などに倣って「g」と表記されます。たとえば、gana(言語)は「ンガナ」、fāgogo(中身を取り除いたココナツの内果皮)は「ファーンゴンゴ」のように発音するのです。
多くのポリネシア諸語では、アポストロフィ(')で声門閉鎖音(喉をいったん閉じた状態からパッと息を放って音を出す発音)を表しますが、ツバル語には声門閉鎖音は存在しません。ツバル語では、長子音(子音の二重化)を表すためにアポストロフィを用います。'moko(冷たい)とmoko(トカゲ)など、アポストロフィの有無によって意味が異なる単語もあります。mokoに比べて 'mokoは [m] が二重化し、「ンモコ」のように上下の唇を合わせた状態がやや長くなります。しかし、この違いは、とくに早くしゃべったりする場合にはほとんど意識されないようですし、「冷たい」も「トカゲ」もmokoという同音異義語だというツバル人も少なくありません。表記としても、印刷物やウェブサイトなどによっては示さない場合も多いですし、一般の人々が普段用いる文字においてはほとんどの場合省略されます。
ツバル語の5つの母音(a, e, i, o, u)にはそれぞれ長音があり、マクロン(文字の上部につける線)をつけてā, ē, ī, ō, ūと表記されることがあります。この辞典でもマクロンを使用していますが、印刷物やウェブサイトなどによっては母音をふたつ重ねて表記する場合もあります。たとえばfuāniu(完熟した茶色のココナツ)、kōpai(ココナツミルクで作る伝統料理)をfuaaniu、koopaiと表記するわけです。さらに、普段人々が書く文字としては、たんにfuaniu、kopaiとしてしまうこともよくあります。